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『院政とは?』わかりやすい解説と歴代院政一覧・年号・院政期

『院政とは?』わかりやすい解説と歴代院政一覧・年号・院政期日本史 - 中学受験
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歴史の学習をしていると『院政』という言葉が出てきますが、この院政がどのようなものなのか知っているでしょうか? なんとなく天皇や政治に関係しているというふうに覚えている人もいるかも知れませんが、せっかくなのでしっかり学習して理解を深めておきましょう。

 

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院政とは

院政(いんせい)というのは、天皇が皇位を後継者にゆずって上皇(太上天皇)となり、天皇の代わりに政治を行う政治体制のことです。

藤原氏が政治の実権を握っていた摂関政治が衰えた平安時代末期から、鎌倉時代の武家政治が始まるまでの間に見られた政治の形態です。

天皇が皇位をゆずると上皇となり、上皇が出家(しゅっけ)すると法皇となります。出家というのは僧になることをいいます。

上皇は『院』とも呼ばれたので、上皇が政治を行うことを院政といいます。

1086年に白河天皇が皇位を譲って(譲位)白河上皇となってから、平家が滅亡する1185年頃までを「院政時代」と呼ぶこともあります。

院政が一般に知られるのは白河上皇から以降で、元々は天皇が幼少であるなどしたために、後見として上皇が政治に関わっていましたが、後には意図的に譲位して権力を握るようになりました。

以下に歴代の院政を一覧表にまとめました。
白河天皇がわずか8才の堀河天皇に位を譲って上皇となり、政治の実権を握ったのが始まりです。

 

歴代院政一覧

 

平安時代・鎌倉時代の院政

 

上皇名期間天皇の代
白河院1086~1129堀河天皇・鳥羽天皇・崇徳天皇
鳥羽院1129~1156崇徳天皇・近衛天皇・後白河天皇
後白河院1158~1179二条天皇・六条天皇・高倉天皇

ここまでが、院政時代と呼ばれている期間。

白河上皇-鳥羽上皇-後白河上皇の三代が約100年にわたって政治の実権を握っていました。

 

上皇名期間天皇の代
高倉院1180~1181安徳天皇
後白河院1181~1192安徳天皇・後鳥羽天皇
後鳥羽院1198~1221土御門天皇・順徳天皇・仲恭天皇
後高倉院1221~1223後堀河天皇
後堀河院1232~1234四条天皇
後嵯峨院1246~1272後深草天皇・亀山天皇
亀山院1274~1287後宇多天皇
後深草院1287~1290伏見天皇
伏見院1298~1301後伏見天皇
後宇多院1301~1308後二条天皇
伏見院1308~1313花園天皇
後伏見院1313~1318花園天皇
後宇多院1318~1321後醍醐天皇
後伏見院1331~1333光厳天皇

 

南北朝時代の院政(北朝)

 

上皇名期間天皇の代
光厳院1336~1351光明天皇・崇光天皇
後光厳院1371~1374後円融天皇
後円融院1382~1393後小松天皇

 

室町時代の院政

 

上皇名期間天皇の代
後小松院1412~1433称光天皇・後花園天皇
後花園院1464~1470後土御門天皇

 

江戸時代の院政

 

上皇名期間天皇の代
後陽成院1611~1617後水尾天皇
後水尾院1629~1648明正天皇・後光明天皇
後水尾院1663~1669霊元天皇
霊元院1687~1693東山天皇
東山院1709中御門天皇
霊元院1709~1717中御門天皇
中御門院1735~1737桜町天皇
桜町院1747~1750桃園天皇
光格院1817~1840仁孝天皇

【最後の院政】

 

以上、『院政とは?』わかりやすい解説と歴代院政一覧・年号・院政期を紹介しました。

院政とはどのような政治体制かわかったでしょうか?

天皇の座を後継者に譲って、上皇(院)になり、実権を握って政治を行うことを院政といいます。最初は幼い天皇の代わりに政治を行っていましたが、後には実権を握るために上皇になるようになったようです。

白河上皇-鳥羽上皇-後白河上皇が実権を握り院政を敷いていた時期を院政時代や院政期といいます。

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