郵便(ゆうびん)
1871年
飛脚に変わり、に郵便制度が出来た。全国どこに出しても同じ料金で郵便が送れた。
鉄道
1872年
新橋(しんばし、東京)~横浜(よこはま、神奈川)間に、はじめて鉄道が開通した。
暦(こよみ)
江戸までの太陰暦(たいいんれき)をやめて、明治からは太陽暦(たいようれき)が使われるようになった。 一週間を7日、一日を24時間、日曜日を休日と決めた。
征韓論(せいかんろん)
西郷隆盛(さいごう たかもり)や板垣退助(いたがき たいすけ)が武力を用いて朝鮮を開国させようとした主張。
大久保利通(おおくぼ としみち)などに反対され、西郷隆盛や板垣退助は政府を去りました。
西南戦争(せいなんせんそう)
1877年
士族(武士)は新政府に不満をいだき、各地で反乱を起こしました。鹿児島の士族が指導者として、西郷隆盛を立たせて大きな反乱をおこした。
政府軍が勝ち、西郷たち反乱軍は負けました。
自由民権運動(じゆう みんけんうんどう)
板垣退助(いたがき たいすけ)は、選挙で選ばれた政治家による政治を政府に求めました。国会を開いて政治をすること、国民が政治に参加できる権利を政府に求めた運動。
国会設立の詔(こっかいせつりつ の みことのり)
1881年
政府が10年以内に国会(こっかい)を開くことを国民に約束した 。
10年後の1890年に国会が開かれました。
内閣制度
1885年
議会を開くための準備として作られた制度。
伊藤博文(いとう ひろふみ)が初代の内閣総理大臣(ないかくそうりだいじん)に任命された。
大日本帝国憲法(だいにっぽんていこく けんぽう)
1889年
伊藤博文らによって作られた憲法。
天皇が主権を持ち、軍隊を統率(とうそつ)し、外国との条約を結ぶなどと決められている。
帝国議会(ていこくぎかい)
1890年に開かれた。
議会は衆議院(しゅうぎいん)と貴族院(きぞくいん)からなる二院制(にいんせい)。
貴族院:皇族や華族などの有力者から天皇が議員を任命した。
衆議院:選挙で選ばれた議員で構成。
岩倉使節団(いわくらしせつだん)
岩倉具視(いわくら ともみ)らの視察団が欧米を視察し、条約の改正について話し合いをした。
ノルマントン号事件(ノルマントンごう じけん)
1886年 和歌山県の沖合いの海上で、イギリス船のノルマントン号が沈没する事件が起きた。このとき、イギリス人船長らは、イギリス人の乗員だけをボートで助けて、日本人は助けなかった。
この事件の裁判は、イギリス人の領事によって、日本国内で行われたが治外法権による領事裁判権を日本が認めていたため、船長は軽い罪に問われただけでした。
この事件の判決をきっかけに、日本では条約改正をしようという運動が強まっていきます。
不平等条約の改正(ふびょうどうじょうやくのかいせい)
1894年 外務大臣の陸奥宗光(むつ むねみつ)の交渉により、イギリスとのあいだで、治外法権をなくすことに成功した。
その後、アメリカ・フランス・オランダ・ロシアも領事裁判権の廃止をした。
1911年 小村寿太郎(こむら じゅたろう)がアメリカとの条約を改正し関税自主権を日本が持つことになった。その後、イギリス・フランス・オランダ・ロシアとの条約も改正された。
日清戦争と日露戦争
1894年、朝鮮国内で改革の負担や開国の負担、重税で農民の不満が高まり大きな反乱が起きた。
この反乱をしずめるため日本の軍と清の軍が出兵した。
反乱はおさまったが、どちらの軍も兵を戻さなかった。
日清戦争
1894年 朝鮮国内の日本と清の軍が対立し戦争となる。
1895年 日本の勝利で戦争終結。
下関条約(しものせきじょうやく)
1895年 日清戦争後の日本と清の講和条約
内容:
遼東半島(りゃおとんはんとう)や台湾(たいわん)を清からもらう。
清は賠償金(ばいしょうきん)を払う。
朝鮮の独立を認める など。
三国干渉
1895年
ロシアが、日本の勢力が中国にのびることを恐れたため、ドイツやフランスと組んで日本に遼東半島を清に返すよう要求したこと。
その結果、日本の中でロシアに対する不満が高まった。
フランス、ドイツ帝国、ロシア帝国の三国
日英同盟
1902年
ロシアに対抗していたイギリスとロシアに不満があった日本が結んだ同盟。
日露戦争
1904年
三国干渉の後、ロシアは清や朝鮮に進出したことで日本と対立し戦争となった。
ポーツマス条約
アメリカにロシアとの講和の仲立ちをしてもらった日露戦争の講和条約。
アメリカのポーツマスという都市で結ばれた。
日本はこの条約で樺太(サハリン)の南半分、南満州鉄道などをもらった。
韓国併合(かんこくへいごう)
1910年
日露戦争の後、日本は韓国への支配を強めていきました。
しかし、満州に滞在中の伊藤博文が暗殺された事件をきっかけに韓国を日本領にした。
足尾銅山(あしお どうざん)の鉱毒(こうどく)事件
栃木県にある足尾銅山で銅を生産していたが工場からの排水(はいすい)に有毒物質の「鉱毒」が含まれていて、周辺の渡良瀬川(わたらせがわ)に流れ込み、魚や農作物などに被害が出た事件。
衆議院議員の田中 正造(たなか しょうぞう)は、足尾銅山の鉱毒問題を解決するために議会でうったえたり明治天皇に直訴した。
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