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江戸時代の特徴と要点まとめ – 中学受験・中学社会

《江戸時代》中学受験-社会-覚えた方がいいリスト日本史 - 中学受験
《江戸時代》中学受験-社会-覚えた方がいいリスト
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江戸の3大改革 まとめ

 

享保の改革(きょうほうのかいかく)
1716~1745
徳川吉宗(とくがわ よしむね)

 

寛政の改革(かんせいのかいかく)
1787~1793
松平定信(まつだいら さだのぶ)

 

天保の改革(てんぽうのかいかく)
1841~1843
水野忠邦(みずの ただくに)

 

 


 

江戸時代の学問

 

幕府は、幕府を保ちつづけるには儒学(じゅがく)などの道徳的な学問が必要だと考え、武士に儒学を学ばせた。
日本の古典や歴史を学ぶことは幕府は認めていた。
万葉集(まんようしゅう)などの古典、古事記(こじき)・日本書紀(にほんしょき)などの歴史を学んだり研究する者もあらわれた。

 

儒学(じゅがく)
江戸時代初期にさかんだった学問。
儒学には朱子学、陽明学、古学が含まれている。

 

朱子学(しゅしがく)
徳川綱吉のころ、幕府公認の学問とし、江戸の湯島に聖堂学問所(せいどうがくもんじょ)を開いた。

 

蘭学(らんがく)
ヨーロッパの医学や農学や科学技術などの学問。
キリスト教や政治道徳に関係の無い学問を学ぶことを認められた。

 

本居宣長
賀茂真淵(かものまぶち)の弟子。
『古事記』の研究を行い、『古事記伝』(こじきでん)を著した。

 

前野良沢・杉田玄白((まえの りょうたく・すぎた げんぱく)
オランダ語の人体解剖書を翻訳して『解体新書』を出版した。

 

シーボルト
19世紀の初めに長崎に鳴滝塾(なるたきじゅく)を開き、医学や蘭学を教えた。

 

平賀源内(ひらがげんない)
発電機(はつでんき)のエレキテルを作った。

 

江戸時代の測量(そくりょう)
日本地図をつくるために細かく調べる測量を行い地図を完成させた。

 

伊能忠敬(いのう ただたか)
日本地図を作った。
測量(そくりょう)する旅をして、正確な日本地図である『大日本沿海輿地全図』(だいにほんえんかい よちぜんず)を作った。

 

 

江戸時代の文化

 

江戸時代を代表する二つの文化『元禄文化』と『化政文化』。

 

『元禄文化』
1688年~1704年
5代将軍徳川綱吉 東山天皇の時代。

 

京や大阪を中心に栄えた文化。商業のさかんな都市であり、町人の気風がつよく影響している。
浮世草子(うきよぞうし)
町人など、庶民の様子をえがいた小説。
井原西鶴(いはらさいかく)
『日本永代蔵』(にほねいたいぐら)
『世間胸算用』(せけん むねさんよう)

 

人形浄瑠璃
三味線などを伴奏にして物語を、あやつり人形をうごかしながら語る。
近松門左衛門(ちかまつ もんざえもん)
『曽根崎心中』(そねざきしんじゅう)
『国性爺合戦』(こくせんや かっせん)

 

俳句(はいく)
5・7・5の口調で季節の様子を句にする。
松尾芭蕉(まつお ばしょう)
『奥の細道』

 

浮世絵(うきよえ)
町人や女性などのようすが描かれた版画(はんが)を利用して印刷する絵画。
菱川師宣(ひしかわ もろのぶ):『見返り美人』
尾崎光琳(おがた こうりん):『かきつばた』

 


 

『化政文化』
1804年~1818年
11代将軍徳川家斉の時代
江戸の町人を中心に栄えた文化。川柳や狂歌が流行った。

 

小説
十辺舎一九(じゅぺんしゃ いっく):『東海道中膝栗毛』(とうかいどうちゅう ひざくりげ)
滝沢馬琴(たきざわ ばきん):『南総里見八犬伝』(なんそうさとみはっけんでん)

 

俳句
小林一茶(こばやし いっさ):「おらが春」
与謝蕪村(よさ ぶそん):「菜の花や 月は東に 日は西に」

 

錦絵
多色刷りと呼ばれる版画。
喜多川歌麿(きたがわ うたまろ)の美人画
歌川 広重(うたがわ ひろしげ)の風景画:「東海道五十三次」
葛飾北斎(かつしか ほくさい):『富嶽三十六景』(ふがく さんじゅうろっけい)
東洲斎写楽(とうしゅうさい しゃらく):役者絵(やくしゃえ)で有名で歌舞伎(かぶきやくしゃ)役者などを描いた。

 

寺子屋
民衆の教育のための場所。

 


 

江戸時代の北海道と沖縄

 

北海道(ほっかいどう)
江戸時代、北海道は「えぞ」とよばれており、アイヌ民族が住んでいた。
アイヌは、松前藩(まつまえはん)と貿易をさせられ、アイヌの人が持ってくるサケやコンブを、わずかな米などと交換していた。
アイヌの首長シャクシャインが反発したが,松前藩らに鎮圧され,松前藩のアイヌ支配がより厳しくなった。

 

琉球王国(りゅうきゅう おうこく)
江戸時代、沖縄は「琉球」(りゅうきゅう)という王国だった。
江戸時代の初めごろ、17世紀に、琉球王国は薩摩藩によって支配され年貢を取られるようになりました。

 

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