日本の産業革命は軽工業から始まり、日露戦争前後には重工業発達していきます。
しかし、経済は次第に財閥・資本家が中心となり、その後、労働問題や公害が発生するようになっていきます。
ここでは、日本の産業革命について、重要ワードを含めてわかりやすくシンプル紹介していきます。
産業革命とはどういうものか?
機械を使って工場を経営する資本家とそこで働く賃金労働者からなる資本主義的な生産様式の発展とともに、小規模な生産者を排除し、大量生産できる企業が日本経済の中心を占めるようになった時期のことです。
民間の綿糸紡績業や鉱山業などに次々と機械が導入されたのは、1886年(明治19)頃の企業設立ブームで、このころから日本産業革命が始まったといえます。
その後、日露戦争(1904~1905)を経て、民間の鉄鋼業や機械工業が発展し始め、織物業に力織機(りきしょっき)が導入されて手織機(ておりき)を圧倒し始める1907年(明治40)ころが産業革命の終了時点と言われています。
第一次産業革命
時期
日清戦争前後 1880年代中頃から
中心産業
製糸・綿紡績などの軽工業、繊維産業の発展
製糸・紡績中心に機械化された。
第二次産業革命
時期
日露戦争前後 1890年代中頃から
中心産業
重工業の発展
製鉄・造船・機械工業が成立した。
戦争に勝つためには兵器が必要がある。重工業は軍需中心となった。
官営 八幡製鉄所 の建設
1901年
[下関条約]で得た賠償金をもとに北九州に建設、操業開始。
重工業が発展した。
財閥の形成
三井・三菱・住友・安田の四大財閥による財閥支配が進行する。
労働問題
産業を支える労働者たちは、低賃金・長時間で過酷な労働を強いられたため、問題化しました。
日清戦争前後には、各地で待遇の改善を求めるストライキが始まりました。
ストライキや労働条件の改善をするために政府は、治安警察法を制定し労働・社会運動を取り締まりました。
また、1911年には初の労働者保護法である工場法を制定しています。
日本の産業革命と公害問題
[足尾銅山]鉱毒事件(栃木県)
1900年前後に発生
渡良瀬川が汚染され流域の住民に被害があった。
地元の衆議院議員である田中正造が問題解決に尽力した。
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